あのとき、あの味

「食」がある風景を描くエッセイ

期待を後にして

出張の前入りでやってきた街で散歩途中

古い商店街を見つけた。


あいにくその時は

シャッターを閉ざしている店が多かったが

昔懐かしの和菓子屋さん、お好み焼き屋さん、

電気屋さん、ちょっといかがわしいお店。

それぞれが、昔からそこにある店特有の

時間の凝縮で成せる空気をまとって並んでいた。


その商店街の真ん中あたりに

メロンパン専門店を見つけた。

ほんのりあたたかみを帯びた甘い香りに

つい足がそちらに向く。

中を覗くだけでは失礼なので

メロンパンを1つ注文する。


小さなカウンターから見える店内は

大きなオーブンと、出来上がったメロンパンを並べるバットが広がったテーブルで

もういっぱい、という広さだ。

オーブンとテーブルの間で

一人で切り盛りしているのであろうおじいさんが、

体の向きを忙しく変えてメロンパンを袋に入れ

どうぞ、と手渡ししてくれる。


今朝方、外を駆け回っていた選挙カー

駅前の開発について熱弁していた。

駅のホームでも

来月稼働するマンションの広告が

煌々としていた。


開店している店がぽつぽつとしかない

この商店街はどうなるのだろう。

どこにでもあるコンビニやスーパーになるんだろうか。

そしてどこにでも手に入るものしか

買えない場所になるんだろうか。


最近ではあまりお目にかかれない

シンプルを極めたようなメロンパン。

外側はざっくりと食べ応えある

甘みよりも香ばしさが際立つクッキー生地に、

中身はしっとりとしたパン生地だ。

砂糖を塗すなどの余計な技巧は一切ない、

潔い味。


何より、まだあたたかいのだ。

大口で頬張りながら、

これを受け取るときに触れた

ごつごつであたたかい

おじいさんの指先を思い出した。


この商店街、どうなるんですかと聞けない代わりに

美味しいです。また来ますね、と心の中でつぶやいた。


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